Chapter1
春の光が、若葉のあいだからぽつぽつと落ちていた。昼休みの校庭は静かで、風も小さく、音もほとんどない。
けれどその中で、ギターの音だけがかすかに聞こえていた。芝のあたりから、遠く、低く、ちぎれそうな音が揺れてくる。
目をやると、桜の木の側の芝に座っている女子がいた。ギターケースを広げて、新入生らしい一年の部員達にコードを教えている。指を動かしながら、ゆっくり、声もなく口が動いている。
あれは──日村真白。
あのやばい視線の女。
後輩に囲まれている今のその顔は──
笑ってた。
ふっと、横顔に表情が咲いた。前髪が光を反射して、視線が柔らかく曲がった。
優しい、って思った。
心臓の下のあたりが、きゅっと痛んだ。
(……なんだ、あれ)
あんなふうに笑うなんて知らなかった。教室じゃ絶対に見せない顔。むしろ普段がこうなのか? そう思うほど自然だった。
けれど、その笑顔の奥──もっと奥で、誰にも見せないような、べつの“目”が動いていた気がした。
誰かを見てるようで、見てない。むしろ、自分の奥を覗きこむような。そんなふうに見える目に、俺は、なぜか釘付けになっていた。
それから、気づいたら昼休みに歩くルートが変わっていた。二階の廊下、あの芝が見える窓のそばで立ち止まって、ただ見ていた。
……いや、正確には、彼女の視線の先を追っていた。
なにを見て、なにを考えてるんだ。
知りたくなった。
それが、なんでなのか自分でもよくわからなかった。
放課後。空は灰色にくもっていた。
昇降口で、カバンを漁る日村とばったり会った。ガサガサと手を入れた拍子にキーケースが落ちた。
「ん」
反射で拾って差し出した。彼女が、こちらを向く。
「……ありがとう」
半歩引きながら受け取る手が、ひんやりしていた。ちらっと見えたキーには、バイクのマークがついていた。
(……バイク乗ってんのか?)
なんとなく似合わないと思ったが……なんでだろな、しっくりきた。
日村は、なにか言いかけたように唇を結ぶと、バサッと音を立てて上着を広げた。乾いた布の音が、空気にひっかかったみたいに響いた。
上着に袖を通しながら彼女が口を開いた。
「……私、軽音楽部なんだけど」
フードを被って、こっちを見ずに続ける。
「……時々、練習見てるよね」
びくっとした。心臓が一瞬止まった気がした。
気づかれてた?いや、それだけじゃない──
もっと、見透かされてたような感覚だった。
「入部したいなら、部員はずっと募集してるよ」
それだけ言って、彼女は校門に向かって歩き出す。フードに落ちる雨粒の音が、遠くで鳴った。
「あ……」
なにか言いたかったけれど、喉が詰まった。ただ背中を目で追っていたら、すぐに遠くなって輪郭が曖昧になっていった。足は動かないまま、胸の奥には、あのギターの音がずっと残ってた。
……オレが見ていたのは、練習じゃない。
最初からずっと──
お前だ、日村。