Chapter0
先生が板書してるチョークの音を、ぼんやり聞いていた。
新学期だ。四月。空気にまだ少し冷たさが残ってて、窓際の陽射しが眩しい。
この学校に転校してもう半年以上が経った。去年の九月、突然この制服に身を包んで、誰も知らねぇ場所に放り込まれて。
正直、不安だった。けど今は──
悪くねぇ。
友達もできた。瞬と燃堂に斉木。毎日バカみてぇなことで盛り上がって、一緒にバイトもして、たまにゲームやって。喧嘩もねぇ。誰かを睨みつける必要も、肩をいからせる必要も、今はない。
静かで、くだらなくて、ちょっと笑える。“普通”の日常。俺がずっと欲しかったもんだ。
たまに、派手なマフラー音が聞こえると、胸の奥がちくりとする。あの頃の記憶が、煙みてぇに揺れる。けど……戻りたいとは思わねぇ。あれは、あれで思い出だ。
もう、こっち側の道を選んだから。
最初はこの学校、特に教室に女子がいるってだけで妙に落ち着かなかった。前の学校は男子校だったから、いろいろ勝手が違う。近くを通ると、なんかいい匂いすんだよ。ふわっと。あれ、未だにちょっとドキッとすんだけど……慣れてきた。照橋さんとか夢原とか、瞬や燃堂に仲いい女子がいるおかげで、俺も多少は話せるようになってきた。
で、勉強は──
「おい日村ー! 起きろー」
選択授業の情報A。先生に呼ばれて、隣のクラスの女子がムクリと顔を上げた。
髪をかき上げ、面倒くさそうに教科書を開く。その瞬間、隣でくすっと笑った男子を、彼女は無言で睨みつけた。その視線に、教室の空気がピタリと止まる。
……氷、っていうより、鉄線だ。動けなくさせる目。じわじわ締め上げられるような、冷たい圧。何があってあんな目、してんだよ。
本能が、警告を鳴らしてる気がする。
……ま、関わらなきゃいい。それだけの話だ。
「じゃあ続き、窪谷須、読んでみろー」
げぇ……聞いてなかった。あたふたしてたら、隣の席の女子が指で教科書の該当箇所を示してくれた。
「ぼんやりすんなー」
「サーセン……」
──と、まあ、こんな感じだ。勉強はちっと頑張んなきゃならねぇ。
でも、それ以外はちゃんと“やれてる”。
ケンカもねぇ。仲間もいる。笑えてる。
過去にすがる必要も、肩書きで威張る必要もない。
俺は、今ここで、“普通”をちゃんと生きてる。
だから、この日常をぜってぇ手放さねぇ。
謳歌してやるぜ、“普通”の青春をよ──!
◇
──さっき先生に当てられて焦ってたとき、ちらっと見えた日村は、頬杖ついたまま、気だるそうに黒板を眺めてた。
その横顔を見た瞬間、喉の奥がざらっとした。あの目に、俺の存在なんざ微塵も映ってなかった。