かさねる二年目 Chapter0

Chapter0

 『……来年は、オレにくれねぇか? “本命”チョコ』

 『いいよ』

 日村がそう返事した時、冗談か本気か分からなかった。けど、あいつは真顔だった。

 ……本命。

 その響きにずっと、浮かれてる。春にあの視線に射抜かれたときには、こんなことになるなんて思ってもみなかった。あの時からずっと彼女を追いかけてた。
 視線の奥。あいつの音。指先。声。笑わないくせに、たまにふっとほどける横顔。
 全部にやられてた。
 “予約”って言葉に、釣られたわけじゃねぇ。
 むしろ、それを“叶えたい”って思ってる。

 ◇

「うぇえ!? ひ、ひひひ日村さんと付き合ったぁ!?」

 昼休みの教室で、瞬が素っ頓狂な声を上げた。
「違ぇよ! まだ付き合ってねぇ!!」
 反射で否定したけど、“まだ”って言い方に、自分で少しムカつく。
「誰だソイツ」と燃堂。
「+組の女子だよ、日村真白さん。前は“睨まれると石になる”って噂あったよね」と灰呂が補足する。
「おー! その女かよ!」と燃堂が妙に納得し、
「そんな噂あったんか……」と俺が呆れてる横で、斉木は噂について何か知ってそうな顔で黙ってる。
 瞬たちには一応話しておきたかった。まわりに隠してどうにかなる相手じゃないし、何より……ちょっと、聞いてほしかった。
「でも、意外か?」
 そう訊いたら、瞬は首を横に振った。
「いや。俺、一年のとき隣の席だったんだよ。時々、話し相手になってくれてさ。……話してて楽しかった」
「へぇ……(マジかよ)」
「怖いって言われがちだけど、俺には優しかった。だから、そんな人とお前が仲良くなってるの、普通に嬉しいんだ」
「応援してるからな!」と瞬が親指を立てる。その隣で、灰呂も「僕も力になるよ!」と笑った。

 ──ああ。
 こんな風に、恋バナして、背中叩かれて。かつての俺じゃ考えられなかった。女は関係ねぇ。覚悟のねぇダチもいらねぇ。暴れりゃ全部手に入ると思ってた。
 ……変わったな、俺。
 変わりてぇと思ってたから、よかったんだよ。けど──

 だからこそ、怖ぇ。

 ◇

 そのまま初デートの相談になり、まずは定番の映画だろ、と話が進む。カラオケも案には出たけど、密室でふたりきりとか、まだ耐えられねぇ。自分の声が裏返る未来しか見えねぇ。
 映画なら、席は隣でもこっちを見なくて済む。上映前や帰り道で、ちゃんと“自分の言葉”で話せるタイミングもある。
 日村に、ちゃんと俺を知ってもらうための時間。

 キーンコーンカーンコーン

「ヤベ!次移動じゃねぇか!」
「窪谷須くん、燃堂くん、+組行かなきゃ!」
「おっしゃ、燃堂行くぞ!」
「へ〜いっと!」
 
 灰呂と瞬、斉木に手を振って、急いで移動教室へ。先生はまだ来ていなかった。
(……よかった。セーフ)
 日村の方をちらっと見ると、案の定、机に突っ伏してる。無防備に寝てる姿、ちょっと笑えた。
「お? こいつか? お前の“日村”ってやつ?」
「バカやめろ! 触んな!」
 燃堂がツン、と指先で頭を突いた瞬間、教室がざわめいた。
 ほらな……って思ってたら──
 
 視線が刺さる。斜め前から。
 ……………日村だ。
 睨まれると石になる、って噂は伊達じゃねぇ。

 思わず小さく手を挙げて“スマン”とジェスチャーすると、彼女は鼻でふっと笑って、また突っ伏した。机の下で、つま先がそわそわと動いていた。
(……お? これ、怒ってねぇ……のか?)
 でも。
 “セーフだった”って安堵よりも、“まだ他人だから笑って流されただけかも”って思いが、じわっと広がる。

 あれ、本当に“本命チョコの予約”なんか、してよかったのか?あいつ、冗談で返事しただけかもしれねぇ。“チョコくらい”って顔してたし、本命なんて意味重く捉えてねぇかもしれない。

 でも俺は。
 本命じゃなきゃ、意味がねぇって思ってんだ。
 来年のバレンタイン、日村が誰か別のヤツにチョコを渡してる姿なんて……冗談でも想像したくねぇ。

 ちゃんと伝えよう。
 俺は、あいつから“本命”が欲しい。予約じゃなくて、ちゃんと、渡してもらえるように。
 だからまずはデート。俺がどんなヤツかちゃんと見てもらう。

 ビビってる場合じゃねぇ。
 このままじゃきっと、チョコの“味見”すらさせてもらえねぇんだから。