恋人と指先遊びで新発見する窪谷須の話

支部に掲載していた窪谷須のお話です。リライトしてこちらでも掲載します。
※R-15程度の描写となります。
※成人済みの設定となっております。年齢操作が苦手な方はお気をつけください。

『指先で溶かして』

 大学生になって二度目の夏。
 夏の陽射しが、レースのカーテン越しに白く滲んでいた。冷房の低い駆動音と、窓の外から遠く聞こえる蝉の声。冷えた床に座り、彼女と並んで、何をするでもなく過ごしていた午後だった。
 彼女が、乾いた唇を舌先でそっと湿らせた。
 ただ、それだけの仕草だった。
 薄く開いた唇のあいだから、濡れた舌先が一瞬だけ覗いた。桃色のそれは光を含み、すぐに隠れた。その残像が、なぜか目から離れない。
 冷房の風は涼しいはずなのに、首筋がじわりと熱を持った。
「……なあ。口、開けてくんねーか」
 考えるより先に、声が出ていた。
 彼女はきょとんとして俺を見た。意図を測りかねるように睫毛を瞬かせ、それから少しだけ頬を染めた。
「……何するの?」
「触りたい」
「さわっ……え? なにを?」
 口にしてから、あまりにそのままの言葉だったことに気づいた。
 彼女は困ったように眉尻を下げ、一瞬だけ目を伏せた。それでも嫌がる様子はない。むしろ、瞳の奥にほんの少しだけ好奇心を滲ませ、俺の手に自分の指を重ねた。
「いいよ。……ちょっとだけね」
 そう言って、俺の手を引き寄せる。自分から小さく唇を緩めた。
 薄暗い口の奥に、濡れた舌が横たわっていた。それを見ただけで、喉がひどく乾いた。
「……触んぞ」
「どうぞ」
 指の腹で、まず下唇をなぞった。柔らかな肉が押され、すぐに元のかたちへ戻る。その弾力を確かめながら、唇の隙間へ人差し指を滑り込ませた。
 指先を包んだのは、冷房の効いた部屋には似つかわしくないほど、生々しい温度だった。
「んっ」
「痛かったか?」
 爪を当ててしまったかと思い、指を止めた。けれど、彼女は首を振る。
「へーき……」
 彼女の息が、指に触れた。
 その声を確かめてから、濡れた舌先に触れた。ざらりとした細かな感触が返ってくる。
 指を少し動かすだけで、柔らかな舌が逃げるように震えた。それでも彼女は口を閉じない。俺の指を受け入れたまま、行き場をなくした視線を伏せていた。
 まるで、誰にも見せない場所へ入れてもらったようだった。その事実に、腹の底が鈍く疼いた。
 舌の中央をゆっくりとなぞり、先端を指の腹で押す。彼女の肩が小さく跳ねた。湿った吐息が漏れ、俺の手首にかかる。
 ……熱い。
 爪を立てないように、指先で舌の表面をそっと掠めた。
「……ふ、ぁ……」
 甘くほどけた声に、理性がまた少し削られた。
 わざと指を少し引き、また奥へ戻す。舌が追うように揺れ、増えた唾液が口角から細い糸を引いた。
 透明な雫が顎へ落ちかけ、反対の手で受け止める。とろりとしたそれは、指の上に彼女の体温を残していた。
 自分の唇へ運ぼうとした瞬間、シャツの胸元を掴まれた。
「……そんなに見ないで」
 掠れた声とともに、彼女は顔を逸らした。
「すまん」
 やめてほしいのかと思い、口の中から指を抜きかける。けれど、彼女は俺の手首を掴んだ。
「違う……恥ずかしいだけ」
 伏せられた睫毛の下で、頬が赤く染まっていた。それでも、俺の手を離そうとはしない。
 むしろ、ほんの少しだけ自分の方へ引き寄せた。その小さな力に、腹の底が熱くなる。
「……んな顔しながら、続けろって言うのかよ」
 耳元へ声を落とすと、彼女の身体が震えた。返事の代わりに、俺の手首を掴む指へ力がこもる。
 たかが指一本だ。それなのに、もっと深いところでつながっているような錯覚があった。
 触れているのは口の中なのに、彼女が隠しているものを、ひとつずつ暴いている気がする。
 もっと知りたい。
 どこに触れれば震えるのか。どんな動かし方をすれば、あの声が零れるのか。俺の指を受け入れながら、彼女が何を考えているのか。
 けれど、これ以上続けたら、本当に止まれなくなる。
 床へ押し倒し、恥ずかしがる隙も与えず、すべてを俺のものにしたくなる。
 ぎりぎり残った理性に縋り、指を引こうとした。
「ねえ……」
 彼女の掠れた声が、唇の隙間から零れる。
「えっち、すぎる……」
 その言葉で、理性を繋ぎ止めていた糸が、今にも切れそうに張り詰めた。
「お前な……」
 せっかく離そうと思ったのによ。
 もう一度だけ、舌の奥をなぞるように指を滑らせた。

 ◇

「次、私の番」
 指を引いた途端、指先をかり、と甘く噛まれた。
 熱に浮かされていた意識へ、冷水を浴びせられたようだった。
「……は?」
 聞き返す間もなく、彼女が身体を起こした。そのまま俺の膝の上へ跨がり、軽い重みを預けてくる。薄い服越しに、柔らかな太腿の温度が伝わった。
 さっきまで目を潤ませていたくせに、彼女はいたずらを思いついた猫みたいに笑っていた。
「おあいこでしょ」
 彼女の人差し指が、俺の唇をゆっくりとなぞる。
 乾いていた唇が、その一往復だけで熱を取り戻した。指先は下唇を軽く押し、当然のように唇の隙間をつついた。
「あーん、して?」
 声音は柔らかい。それなのに、逃がすつもりがないことだけは伝わってきた。
 素直に開いてたまるかよ、と思ったけれど、さっき彼女にさせたことだ。断れば格好がつかない。
 仕方なく唇を開くと、ひやりとした指先が入ってきた。直後、俺の舌へ触れ、湿り気をまとって温度を変える。
「……っ」
「あっ、こら」
 慣れない感触に怯み、反射的に舌を引いた。
 彼女の指が、逃がさないように追ってくる。舌の表面を確かめるように撫で、先端を軽く押し返した。
 触れていたときには、気づかなかった。
 口の中は、こんなにも無防備になる場所なのか。
 指のわずかな動きまで、神経を直接撫でられているように伝わってくる。舌が逃げれば追われ、押し返せば絡め取られる。
 歯茎の内側をくすぐられ、頬の内側をなぞられるたび、首筋から背中へ細かな震えが走った。
 彼女は俺の反応を眺めながら、楽しそうに目を細める。
「ここ、少しざらざらしてる。……あ、動いた」
 観察するような言い方が、余計に恥ずかしい。
 指を咥えたまま睨んでも、彼女は「ふふ」と笑って、やめなかった。もう一本の指が口の中へ入り込み、濡れた音を立てる。
 二本の指に舌を挟まれ、柔らかく押された。唾液が溢れ、喉が勝手に鳴った。
「……待て、って……」
 出てきたのは、ひどく頼りない声だった。
 けれど、彼女の瞳はほんの少しだけ熱を深める。
「亜蓮くんの中……あったかい……」
 さっきまで恥ずかしがっていた人間とは思えない。
 けれど、その表情の奥にある照れを、俺は知っていた。
 余裕があるふりをして、耳の先は赤い。俺の膝に置かれたもう片方の手も、落ち着かないように服を摘まんでいる。
「……亜蓮くんも、こんなふうに感じてたんだね」
「……うるせえ」
 恥ずかしい。悔しい。
 やがて彼女の指が、湿った音を残してゆっくりと抜かれた。唇の端に残った唾液を、彼女の親指が拭う。
「なんか、新発見だったね」
 満足そうに微笑まれ、何も言い返せなくなった。
 聞こえているはずもないのに、自分の鼓動ばかりが耳の奥でうるさかった。

 ◇

 日が傾くと、部屋を染めていた光は、白から淡い橙へ変わった。
 熱を持て余したまま、俺たちは冷たい床へ並んで転がっていた。冷房の風が、汗ばんだ首筋を撫でる。
 けれど、隣にいる彼女の体温を意識するたび、身体の内側からまた熱が戻ってきた。
「口直しに、アイス食べる?」
「……食う」
 彼女は「オッケー」と言いながら、何事もなかったように立ち上がった。冷凍庫から小さなカップを取り出す。蓋を剥がす音がして、甘いミルクの匂いがかすかに漂った。
 スプーンですくった白いアイスを、俺の口元へ差し出す。
「ほら。口、開けて」
 さっきのやり取りを思い出し、素直に従うのが妙に癪だった。
 それでも彼女は、「亜蓮くん、ほら」とスプーンをさらに近づけてきた。
 冷たさが舌へ触れる寸前、スプーンがすっと遠ざかる。
「……何してんだよ」
「冷たすぎるかなって」
 わざとらしく笑い、彼女が逃げようとした。
「そうかよ」
 ひとつ息を吐いてから、その腰を掴み、膝の上へ引き戻した。
「きゃ……」
 体勢を崩した拍子に、白いアイスがスプーンからこぼれ、彼女の鎖骨の窪みへ落ちた。
 冷たさに驚き、彼女の身体が跳ねる。アイスは肌の上でゆっくりと輪郭を失い、乳白色の雫となって胸元へ滑り始めた。
 肌の熱に溶かされたミルクの甘い香りが、ふわりと立った。
「……どこに落としてんだよ」
 肩を抱き寄せ、鎖骨へ顔を近づける。ひやりとしたアイスを、舌先ですくい取った。
「んっ」
 彼女の喉から、短い息が漏れた。
 溶け残った冷たさの下には、柔らかな肌の熱がある。舌でなぞるたび、その差が鮮明になった。甘いミルクの味に、彼女の肌の匂いが溶け込んでいく。
「亜蓮くん、くすぐったい……」
「嫌か?」
「そういうわけじゃ……ひゃっ」
 鎖骨の窪みに残った雫を舐め取り、そのまま首筋へ唇を移した。
 薄い皮膚へ触れるたび、彼女の脈が細かく跳ねているのが分かる。
 唇で吸うと、甘く湿った音が静かな部屋へ落ちた。
 首筋から耳の後ろへ。そこからまた鎖骨へ戻り、アイスの溶けた跡を辿っていく。
 唇を離すと、肌には薄い赤みが残っていた。そこへ息を吹きかければ、彼女の肩がまた小さく揺れる。
「口直しは……もういいの?」
 見上げると、彼女は困ったように笑っていた。
「いらねぇよ」
 頬へ手を添えた。
 冷えたカップを持っていたせいか、彼女の指先はまだ少し冷えていた。けれど、彼女の頬も唇も、触れた場所だけは熱かった。
「お前の味で、もう十分だ」
 今度は、彼女の唇を逃がさなかった。
 重ねた瞬間、彼女の口元に残っていた甘さが移る。舌先で触れると、彼女もためらいながら、柔らかく応えた。
 ミルクの甘みも、冷たさも、互いの熱に混ざって境目をなくしていく。
 腰を抱き寄せれば、彼女の腕が首へ回った。吐息を奪い合うたび、どっちの体温なのか分からなくなる。
 最初に溶けたのがアイスだったのか、俺の理性だったのか。
 そんなことは、もうどうでもよかった。