マリーゴールドが、揺れている。
「じゃ、戸締り忘れないようにね」
「わかってるって、キー忘れてるよ」
「ありがと、あと、夜更かししないようにね」
「はいはい」
鮮やかな橙と山吹が美しい花束を抱えた夫に、先週納車されたばかりの車のキーを手渡した。
彼は今日のために磨いた上質な革靴を履き、「行ってきます」といつもと変わらない声でドアを開ける。その背中を追うように、私もサンダルをつっかけて外へ出た。
行ってらっしゃい、と車に乗り込む夫を見送るついでに郵便受けへ向かう。頬を撫でる風には、ほんのりと冷たさがまじっていた。
去年買ったコートは、今年はもう着られないかもしれない。そんなことを思いながらポストの中を覗き込む。
小さな包みがひとつ入っていた。最近、何かを注文した覚えはない。伝票に目を落とす。
宛名は――松川一静。
私の夫。
品名を見た瞬間、ふっと口元がゆるんだ。私はそのまま包みを抱えて、家の中へ戻った。
年に一度、夫は婚約者の墓参りに行く。
両手に抱えていたマリーゴールドの花束は、そのためのものだ。墓石を洗い、線香をあげ、花を供え、静かに掌を合わせる。
それから婚約者の実家へ向かい、ご両親と一晩を過ごす。以前、一静は言っていた。大切な娘を亡くして、悲しみのなかに取り残されたご遺族が気がかりなのだと。
きっと向こうにとっても、一静は心の支えのひとつなのだろう。思い出を分け合える相手は、そう多くない。しかも彼は、娘のいちばん近くにいた人だ。一静というフィルターを通して、もう触れられない娘との時間を、かろうじて手繰り寄せているのかもしれない。
この話を友人にすると、「そんなのよく許してるね」とか、「さすがに泊まりはなくない?」とか、決まっていろいろ言われる。
結婚四年目。長く連れ添っているわけではないけれど、私は一静の行動を咎めようと思ったことはない。
亡くなった婚約者がいることも、彼女が私に似ていたことも、一静がときどき私を通して別の時間を見ていることも、知ったうえで私は彼との結婚を選んだ。
他人にとやかく言われる筋合いはない――そう思う一方で、友人たちの言い分も分からなくはない。
そもそも、そういう「とやかく」こそが、私と彼を結婚させたのだから。